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生きること死ぬこと

さまざまな人に会って話をしていると、

大人になることが遥か遠くに感じられた子供の時ほど

”死”を思う人が多いことに気づかされました。


遡れば、私自身も”死”を意識したのは小学校の頃。

”なぜ生きてるんだろう……”とけっして答えの出ない

問いを繰り返していたように思います。


現在、31歳のKさんはこんなことを言っていました。

「どうして生きてるのかとにかく不思議でしょうがなかった。

だから、自分が生きてるってことを確認するために

わざわざ自分の手を傷つけたこともあったんです。

ほんのちょっとの傷なんだけど、そこから赤い血が流れてはじめて、

あぁ、これが生きてるってことなんだって、一人で納得してました」

これは彼が小学校に上がってまもない頃のエピソードだと言います。


また、27歳のS子さんは、

「小学校3年生位の時、死ぬのが怖くて、寝たくない!って

親を困らせたことがありました。朝になっても目が覚めず、

そのまま死んでしまうんではないかっていう恐怖心があったんです」


二人とも、大人になるにつれ、いつのまにか気にならなくなったと言います。

私自身も、気づいた時、たぶん中学生の頃には、

”生”と”死”を当たり前のこととして受けとめられるようになっていました。

何がきっかけだったんでしょう……。

よくよく考えてみたら、私の場合一つ思い当たることがありました。

祖父母の死、ペットの死、友達の死……

いくつもの別れを経験したことでとらえ方が変わっていたのです。

命の消失が、私に悲しみだけでなく、同時に”魂”の有り様を

無意識に教えてくれていたのだと思います。



死ねば身体という物体は無くなるけれど、

自分の魂は永遠に続いていく……。


何の迷いもなくこう思えるようになった時、

人生を”死ぬために生きている”とは誰も思わなくなるはずです。

そして、死ぬことを自然に受けとめられるようになるのだと思います。

でも、凡人であるがゆえに、それが一番大きな人生の課題なのかもしれませんね。

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