魂の修行

「嫌なことがたくさんあるのに、どうして我慢しながら
生きていかなくちゃいけないんでしょうか?」

悩みを抱えると、なぜこんなに苦しく辛い思いをしてまで
生きる必要があるんだろう……と、
人は「生きる」ことに矛盾を感じやすくなってしまいます。
S子さんもそんな一人でした。
仕事はリストラに遭い、結婚したいのに好きな人も現れないまま。
しかも、もうじき30歳になるというのに、自分が思い描いていた夢が
何一つ20代でかなえられなかったと嘆いていました。

そんなふうに生きる理由を問われたときの私の答えは決まっています。
「生きることは魂の修行なのよ」

私は輪廻転生を信じています。
つまり、自分の魂がこの人生だけで終わりだと思わないので、
自分の身に何が起こってもあまり驚きません。
現在の自分が生まれる以前から、そしてこの先もなお続いていくだろう
自分の魂の永遠の修行………。それが生きることだととらえているのです。

人生の中で繰り返し起こる良いことも悪いことも、
どんなことであれ自分の人生の肥やしになっています。
辛さや苦しみをこらえることは大変なことだけれども、
結果うんぬんではなく、必ずその経験は自分の魂の修行になっています。
そして、その修行は確実に自分の魂に磨きをかけ、厚みをつけ、
自分自身に心の余裕を与えてくれるのです。

良いことがあったときよりも、辛いことがあった後のほうが
精神的に成長できた経験はありませんか?
人生はそうやって、さまざまな問題を乗り越えていくものだと思います。
そう、生きていれば悩みは尽きません。でも、悩みがあるからこそ、
人は自分を見つめ直し、他者とのかかわりを深めていけるわけです。

今すぐ自分の現状から逃れたいと願っていたS子さんには、
こんなふうに伝えました。

「苦しさを一人きりで抱える必要はないんですよ。
もちろん、誰かがその苦しみを代わってあげることはできないけど、
人に話を聞いてもらえればだいぶ気持ちもラクになれるでしょ? 
とにかく苦しんでる自分から目をそらさないようにね。
そして、完璧ではなくても、ちゃんと頑張ってる自分自身を認めてあげて。
それはあなたが生きているからできることなんですよ」

生きることはけっして辛いだけではありません。
生きているからこそ皆と気持ちを共感しあい、
楽しいことも嬉しいことも経験できます。
前世でかかわった魂と現世ではどんなふうにかかわり、
また来世ではどうなっていくのか……。

私はいつの時代も頑張って自分にしっかり磨きをかけて、
皆さんにお会いしたいなって思っています。

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不倫の覚悟

天に唾を吐けば、自分の顔に落ちてくるように、
自分のやった行ないは、必ず自分の元へ戻ってくるものです。
気功でも人が発する”気”は円を描いて地球を回り、必ず自分へと返ってきます。
つまり、良いことをすれば、その気はさらに大きなものとなり、
良いこととしてその人のところへ戻り、
悪いことをして悪い気を発すれば、当然さらに大きくなって
その人自身に悪事として返ってくるということです。

でも、知らず知らずに人を裏切ったり、ウソをついてしまったり。
誰であれ悪い気を発することは少なくありませんよね。
でも、自然の法則に従えば、悪いことをすれば確実に
同じように悪いことが自分に降りかかってくることになります。
意識して先に避けられることはいいけれど、
意識してもどうしようもなく避けられないこともあるでしょう。
とくに恋愛のように、感情だけで突き動かされるものは
頭ではわかっていても、なかなか行動が伴わないからです。

たとえば、不倫。
私は不倫を否定するつもりはありません。
恋愛がどんなカタチであろうとも、
真剣に人を好きになることは素晴らしいことだと思うからです。
とはいえ、不倫をしている人の悩みは、その人の胸を深くえぐり、
愛と憎しみの感情を複雑に絡みあわせてしまうものです。
心の安らぎを失い、どこにも行き場がなくなり、
自分の気持ちをごまかすことをも覚えてしまいがちです。

だからこそ、一つだけ忘れないでいて欲しいことがあります。
どんなに真剣な愛であっても、第三者を傷つける恋愛であれば、
必ずその気は自分自身にも回り回って返ってくるということを。
そして不倫とは、それだけの『覚悟』を持ってこその恋愛なのだということを。
どんな大きな犠牲を払っても、その人を愛してるのかを自問し、
そういう覚悟でその恋愛を続けるようにするといいでしょう。

それを自覚できているか否かで、恋愛はまったく違ったものになっていくはずです。
心強い未来を自らの手で開けていくことを忘れないでいてください。

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時間のとらえ方の違い

いろいろな人たちと話す機会があると、
それぞれの価値観だけでなく、時間のとらえ方の違いにも気づかされます
たとえば、恋愛話の中で、相手との交際期間についてたずねたとき、
「まだ1年なんです」という人と、「もう1年です」という人。
交際期間の前に、「まだ」を付けるか「もう」を付けるかで
まったく異なった意味合いになってしまうわけです。

Yさんは29歳の会社員。性格はおとなしく、
何事もじっくり進んでいくタイプです。
もちろん、恋愛も一歩一歩愛情を深めていくためか、
これまでお付き合いしてきた女性が3人。
といっても、それぞれ交際期間が3年間ずつあるので、
20歳の時からほとんど途切れなく恋人はいたのだそうです。
ところが最近、3人目の彼女と別れたばかりのYさんは
次の恋ができるかどうか不安なのだと言います。

「これまで付き合った3人ともが、3年程経ってくると、
”結婚したい”って話でプレッシャーをかけてきます。
でも、僕は一生のことをたったの3年で決めることはできない。
せめて5年は付き合って、納得した上で結婚したいんです。
だけど、正直に話してもわかってもらえません。
それで結局、毎回ふられてしまうことになってしまって…。
これからまた別の人と付き合っても、また3年経ったら
そんなふうに言われるのかと思うと、
もしかしたら一生結婚できないのかな、って不安なんですよね」

なかなか決断できない彼が悪いわけではないし、
もちろん、結婚したいという彼女たちが悪いわけでもありません。
これが先に述べた、”時間の感覚”の違いなのです。
とはいえ、Yさんがお付き合いしてきた女性の場合は、
3年経って結婚話をしているので、特別時間感覚が早い人だったのではなく、
彼自身がさらにじっくりいくタイプだったということでしょう。

「それなら、自分とまったく似ている人でなければうまくいかないってことですか?」

いいえ、感覚の違いがあるのは問題ではありません。
ただ、相手がどんな時間感覚を持つ人なのかを知ることは大事だし、
その前に自分自身はどうなのかを知っておくことが必要なんだと思います。
そのポイントを外さなければ、自然と互いに歩み寄る気持ちが出てくるはずです。

知り合って半年で籍を入れた知人は、Yさんのようなじっくり派です。
相手にプロポーズされたのは交際3ヵ月のときで、
「キミはまだ3ヵ月って思うかもしれないけど、僕の気持ちはずっと変わらないから
結婚して一緒に暮らしながら愛を深めていこう」と言われたのだそうです。
もし相手が自分の気持ちをまったく汲まずにプロポーズしていたら、
多分受け入れられなかった、と彼女は言います。

そんなふうに人の心はほんの少しの思いやりで動かされるものです。
時間の感覚が大きく異なる者同士であっても、
相手の考えがわかっていれば、ふたりだからこその
絶妙なタイミングを作り出すことができるはずです。

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自分にとっての真の幸せとは?

かつて一緒に仕事をしたことのあるWさんの近況を
その頃からの知り合いが集まった席で10年ぶりに耳にしました。
かつて広告制作会社にいた彼も、現在では自分で会社を興し、
不況をよそに手広く仕事をこなしているのだそうです。
眠る暇もないほどの仕事量ではあるけれど、それに見合った収入を得、
何年も同棲する恋人がいながら、あちこちの女性と浮名を流すという、
彼にとっては夢に描いた生活をしているとのことでした。

一見すると、夢が叶い、思い通りに生きている人に思えるけれど、
実際の彼は、どんなに疲れていても大量の仕事に追われ休むこともできず、
皆が羨むほどの収入も、時間がないために自由に使えません。
また、長年の恋人との仲は自分自身の浮気が原因でギクシャクし、
話し合う時間がつくれないために別れることもできない状態だといいます。
お金がたくさんあってモテモテではあるけれど、どれだけの人が真剣に
自分を好いてくれているのかは本人もわからないともこぼしていました。

幸せっていったいなんでしょう?
私はWさんの話を聞いて、改めて「幸せ」について考えてしまいました。

仕事で成功することは幸せですか?
異性にモテるのは幸せですか?
お金持ちになることは幸せですか?
他人に羨ましがられるのは幸せですか?

イエスかノーかは誰もがそれぞれ思うべきことです。
ですから、どちらの答えが正しいということではありません。
でも、「幸せ」は頭で考えられるものではなく、自分の心の満足度が
ベースになっているので、自分自身が感じたままが答えとなります。
そう、心は正直なので、そこに偽りは決して生じないでしょう。

今の自分自身が本当に幸せなのか、ちょっと問いかけてみてください。
あなたは何を感じましたか?

Wさんの答えはこうでした。
「今の生活は他人には羨ましがられるし理屈では幸せなんだと思う。
でも、僕の心はそんな自分自身をそれほど幸せだとは感じていないみたい」

自分の心をそのまま受けとめるのは、ときに勇気がいることです。
でも、現状を素直に認めることができれば、次にすべきことは、
自分の生き方を本当の幸せに向けて軌道修正するだけなはずです。

あなたの人生の幸せはあなただけのもの。
どうぞ、「真の幸せ」に鈍感にならないでくださいね。

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チャームポイントは笑顔!

「可愛くないし、カッコよくもない。
そんなふうに自分の容姿に全然自信がないから、
何をやってもうまくいかないし、いくら頑張っても認めてもらえません。
失敗して自信を失うんじゃなくて、最初っから自信がなかったら
どうやって生きていけばいいんでしょうか?」

こんな質問をわたしにぶつけてきたM子さんは19歳。
子供の頃から自分の顔やスタイルに自信がなく、
恋人がなかなかできないのもそれが原因だと言います。
でも、本当にそうでしょうか?

一般的に誰もが、可愛くないよりは可愛いほうがいいと思うでしょう。
カッコ悪いより良いほうがいいとも思うでしょう。
スタイルも悪いよりは、良いほうがいいと思うでしょう。
頭だって悪いより、知性的なほうがいいと思うかもしれません。
とはいえ、これはあくまでも一般的なたとえ話。こんな人が実際にいたとしても、
すべての人が恋焦がれる対象であるとは限らないんですよね。
それなのに、自分の容姿に自信がないと、目がもっと大きかったら、
鼻がもっと高かったら、脚がもっと細かったら……などと、
カタチを作り直すことで、すべての悩みが解決できるって
思い込んでしまいやすい人が少なくないようです。

でも、どんなに整った顔立ちで、スタイルが抜群に良くても、
ルックスだけでちやほやされるのは若い頃まで。
20代を過ぎれば、自分の心柄がくっきりと顔に現われてきます。
つまり、悪事を考えたり、他人を陥れても自分さえ良ければいいという
考えを持てば、そのとおりの顔になっていってしまうんです。
逆を言えば、自分の人生、一生懸命真面目に進んでいけば、
必ず真の意味での「いい顔」をつくっていかれることになります。

「でもそれじゃ、ずっと私はこの顔で我慢しなきゃいけないし、
年をとらなければ自信はつけられないってことになりますよね……」

いいえ、そんなことはありません。
顔に自信がないなら、いつも「笑顔」を心掛けることです。
”笑う門には福来る”と言うけれど、これは本当のこと。
どんなに美人で素敵でも、笑顔がない人には誰も近づけないものです。
でも、いつも笑みを絶やさない人のそばには、
誰だって近づきたくなっていくものなんです。

自分のチャームポイントは笑顔!

堂々と言えるようになればこっちのものです。
姿カタチに惑わされず、自分らしい可愛さやカッコ良さを
見つけていくようにするといいでしょう。
もちろん、女性だけに限りません。
容姿に自信のない男性でも「笑顔」は必ず自信の素になるはずです。

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結婚のきっかけ

雑貨店の店長を務める31歳のM子さん。
以前彼女は結婚についてこんなふうに話してくれたことがあります。
「何をするにも仕事優先でやってきました。だから、
結婚する気は全然ありません。とにかく、もっと仕事を極めたい。
それにはそばに誰かがいるとわずらわしいんですよね。
恋人は責任あるポストに就いてからはつくってません。
寂しさ?そんなのちっとも。たまの休みには実家に
帰ってのんびりしてますから」

結婚は人生のすべてではありません。
当然、M子さんのように結婚せずに仕事にだけ打ち込みたい
という女性が現われても、何ら不思議なことではないわけです。
私は彼女の話を聞きながら、女性が一人でも生きやすい時代に
なったことを感じていました。

ところが、先日M子さんから入籍したとの連絡をもらったのです。
たった1年程前に「結婚なんて仕事の邪魔!」
とまで言い放っていた彼女が結婚したというのです。
私は嬉しさと驚きで心境の変化を聞いてみることにしました。

「10カ月前、実家の母が突然亡くなってしまったんです」

学生時代に父親を亡くし、すでに母親一人だったM子さん。
年齢は60を過ぎているとはいえ、身体が丈夫だったため、
一人で暮らしていてもまったく心配はしていなかったそうです。
しかも、近所には結婚して子供のいる妹さんが住んでいたため
なおさら安心しきっていたのだと言います。

「母がいなくなって、自分が一人になってしまったことを
思い知らされたんです。妹はいるけど、彼女は結婚して子供もいて、
自分の家庭がある。でも、私には自分を支えてくれる家族がいない。
それを痛感してしまったんですね」

仕事で疲れたときは、実家に帰って寛いでいたというM子さんにとって
母親の死は帰る場所が無くなることを意味していたというわけです。

「だからって、寂しいから結婚したくなったわけじゃありません。
あのとき自分にとっての結婚の意味がよくわかったんです。
それで私には家族が必要だ。これからは仕事仕事って肩肘張らずに
同じような気持ちの人がいたら、一緒にやっていこうって。
そう決心したら、いつのまにか彼が目の前に現われてくれたんです」

自分にとっての”結婚”はどんな意味を持っているのでしょう?
「すぐにでも結婚したい」と焦ってるひとも、
「絶対にしたくない」って言い張ってるひとも、
フラットな心の状態で一度考えてみるといいかもしれません。

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恋愛で傷ついたとき

「永遠の愛なんてあり得ないと思う。
だから私は相手にのめり込まないし、
心から愛する人をつくる気もありません」

そう言いきるのは、まだ18歳のK子さん。
今までお付き合いした相手は一人だけだといいます。
「でも、すごく好きだと思ったのは錯覚でした。
結局は相手の浮気だなんだで半年も続かなかったんですから」

どうしてたった一度の恋愛だけで、そんなふうに決めつけてしまうのでしょう?
「だって、あんな錯覚は自分を傷つけるだけだってわかったから。
最初から防御しておけば、そのほうが傷つくことを避けられると思うし」

恋愛で裏切られた経験を持つと、
”もうこんな思いをするのは嫌……。二度と好きな人なんてつくらない”
こんなふうに考えてしまいやすいものですよね。
だから、K子さんがバリアを張ってしまう気持ちはよくわかります。
でも、『恋愛』は相手がいて、初めて成り立つもの。
つまり、相手の数だけその”恋愛のカタチ”も異なるというわけです。
ですから、どうしても恋愛で傷つきたくないと思っているのなら、
相手を選ぶときにもっと慎重になったほうがいいでしょう。
K子さんの元カレはルックスが良く、女のコからもモテモテ。
彼女自身最初は興味がなかったのに、積極的にアプローチしてきてくれたせいか
なんとなく押され気味で付き合いをOKすることになったそうです。

「カレに選ばれたっていうんで、周りの友達にも優越感が働いたんだと思う。
その時はカレを好きっていうよりも、いい気分だったんです」
その後モテモテの元カレは浮気を繰り返し、最終的には
カレのほうから別れを切り出してきたのだといいます。

私は彼女にいいました。
平気で恋人を裏切る相手との恋愛が”錯覚”でよかったわね。
これからは、錯覚じゃない恋愛ができる相手を探しましょうよ。
どんな人を選ぶかで、まったく違った色の恋愛ができるんですから。

恋に傷ついたからといって、けっして恋に絶望しないでくださいね。
もちろん、少しお休みするのはいいかもしれません。
でも、自分と永遠の愛を分かち合える人とは必ず出会えるのだと、
それを信じることを忘れないでくださいね。

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勝手な憶測で相手を見ない

恋人もいず、結婚もせずに一人でいることを、私は孤独だとは思いませんが、
その状況を「マイナス」にとらえてしまう人のほうが、まだまだ多いようです。

たとえば、外資系企業で3ヶ国語を操り仕事をするY子さん40歳。
いずれは結婚したいと思ってはいるものの、現在彼女に恋人はいません。
彼女自身は焦っておらず、今は一人でいる時間を充実させているのですが、
親をはじめ、親戚は会うたび毎に、
こんな年齢まで結婚もできないなんて不憫だ……、と嘆くそうです。

「そういう言葉で落ち込まないって言ったら嘘になります。
自分で納得できる相手と巡り会うまでは結婚したくないっていっても
そんなの夢物語だって一蹴されちゃいますしね。
でも、私は一人でいることを全然不幸だとは思ってませんよ」

強がりで言ってるわけではないことは、
彼女の充実したふだんの生活を聞けばすぐにわかります。
ただ、周りの人が彼女の状況を否定的にとらえてしまっているのです。

”恋人がいない””結婚していない”だけに限らず、”子供がいない”
”勉強ができない””お金に余裕がない””働いていない”なども、
とかく周りに、イメージだけでとらわれやすい事柄なのではないかと思います。

以前、結婚10年経っても子供がいないご夫婦に、
子供がいないと告げるたびに哀れみの目で見られる…
という話を聞かされたことがあります。
彼らは何とも思っていないのに、相手が勝手に想像して、
可哀想に……という同情を向けてくるのだというのです。

確かに、一人でいることを寂しいと感じ、
子供がいないことで落ち込んでいる人もいるでしょう。
でも、すべてが自分のイメージと同じであるという勝手な憶測で
相手に接することは結果的に相手との溝をつくる原因となってしまいます。

そんな間違いをしないためには、どうすればいいのでしょう?
基本は、まず最初に相手の話に耳を傾けること。
勝手な憶測は、相手の話を聞かないことから始まります。

そうやってほんの少し意識を変えるだけで、
相手の本心を受け入れることができるでしょう。
試してみたらきっと納得できるはずです。

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”出会い”を”恋”に変えるのは自分の気持ち次第

「私は一生ひとりのままなんだと思います。もういいんです。
それが自分の運命だって受け入れることにしますから、、、、」

電話口の向こうで、34歳のOL、T子さんは早口でこう言いました。
なんでも、最近次から次へと周りの友人らが結婚を決め、
遂には独身が自分ひとりだけになってしまったと言うのです。

30代で未婚でいても、今は特別珍しいことではありません。
私の知り合いでは、40代、50代でも同じ悩みを抱えている人が
決して少なくないのですから。
ところが、T子さんは「もうこれ以上待っても無駄」だと言うのです。
なぜそんなふうに思うのかを尋ねてみると、
今度は怒ったような声で彼女は言いました。

「私なんてもう5年近くも恋をしていません。
なのに、今回結婚が決まったA子はいつだって恋人がいて、
結婚相手が何人めなのかわからないくらいなんですよね。
神様は不公平だと思います。私ももっとたくさんの恋が
できるような人間で生まれたかった」

T子さんは恋愛について大きな誤解をしていました。
恋は神様が与えてくれるものではありません。
神様はT子さんにもA子にも平等に「出会い」を与えているのです。
それを「恋」に変えるかどうかは、各自の気持ち次第です。
つまり、T子さんは自分の意志で、これまでの「出会い」を
「恋」に変えてこなかっただけで、この5年間恋人がいなかったのは、
神様のせいでも誰のせいでもなく、T子さん自身の選択だったということなのです。

「でも、出会いなんて全然なかったんですよ!」

本当に? 誰ひとりとして、あなたに近づいてきた人はいなかった?

「たまにはいましたけど、そういう人は私のタイプじゃない人ばかりで
最初っから相手にはしてませんでした」

つまり、出会いはあったってことですよね?
ただ、タイプじゃなかったから、誘いに乗らなかっただけで、
もしデートしてたら、相手はあなたに好感を持っていたのだから、
恋が始まっていた可能性は高いと思いませんか?

恋をたくさんすることが幸せだというわけではありません。
人生で「この人だ」って思える相手と出会えれば、
それが何人目であろうが関係ないからです。
忘れたらいけないのは、自分らしい恋を選んでいくことです。
それには、絶対に「私なんて無理……」とあきらめないことです。

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人のためにしてあげるということ

良かれと思ってやったことが、相手にとってはありがた迷惑だった……
もしくは、相手を傷つけてしまった……ということは意外とあるものです。
とはいえ、好意的な行為なために、相手もはっきり「イヤ」と断りきれず、
結局、やってる人の自己満足な結果に終わってしまうことが少なくありません。

たとえば、今年、片思い3年目に突入した22歳のA子さん。
彼女はこれまできちんとお付き合いした相手はおらず、
本当に好きだと思えたのは、片思いの相手が初めてだと言います。
いずれは好きな人と両思いになれればいいとは思いつつも、
次の一歩がなかなか踏み出せないでいました。

そんなA子さんをつねにそばで見ていた友人のC子さん。
彼女は性格もA子さんとは正反対で、何人もの男友達を持ち、
恋愛をする際も、自分から積極的に向かっていくタイプでした。
すると、A子さんの態度がじれったくなり、ついにはA子さんに成り代わり、
片思いの相手に告白してしまったのです。
そんなことは露とも知らないA子さん。ある日突然片思いの相手に呼び出され、
「気持ちはすごく嬉しいけれど、今付き合ってる人がいるから……」
と断られてしまったのだと言います。

心優しいA子さんは、この件でC子さんを責めることはありませんでした。
ですから、C子さんはA子さんに「良いことをした」と思っているし、
彼女の行為でどれだけA子さんが傷ついたのかはまったく気づいていません。

もちろん、遅かれ早かれA子さんのこの恋は実らなかったのかもしれませんが、
これは彼女が納得して選んだ末の結果ではありません。
突然の失恋とまだ拭えない好きな人への思いを抱えながら、
彼女は、片思い3年目を迎えてしまったのです。

「C子はこれでさっぱりしたんだから、早く次の人を探したら?
って勧めるんですけど、好きな人なんてなかなかできないし。
それに、はっきり断られても、まだ彼のことが好きなんですよね」

人のために何かをしてあげたい。
そういう思いはとても立派だと思います。
でも、(私だったらこうするのに!)という考えだけで行動すると、
してあげる側の自己満足な結果だけを導きやすいものです。
自分の行為が、おせっかいではなく本当に大切な人への助けにするためにも、
まずは相手の気持ちを察する心遣いを忘れないように。

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«生きているから苦しみも乗り越えられる